私が子どもの頃は、女の子のいる家では必ずといってよいくらいに、緋毛氈の五段飾りや七段飾りが登場したものです。
私たち“男子”は、この日だけは余所者(よそもの)扱いで、着物姿の“女子”たちは、やけに気合いが入っていたようです。
しかし最近は、見かける機会も少なくなりました。
未就学の女の子がいる家は、まだ頑張っているようですが、まもなく「お納戸行き」になります。大事に仕舞われているだけに、すべてを出し入れするのは一仕事なのでしょう。
またそれだけの一大イベントを実行するほど、精神的に余裕がなくなったのかもしれません。
さて、ひな祭りの歌にもあるように、「お内裏様とおひな様」が最上段にペアで並んでいますが、このお二人は何者でしょう?
内裏(だいり)とは皇居のこと。つまり、天皇陛下と皇后陛下なのです。
風水では、帝ご夫妻は、陰陽の太極を表します。
その宮殿を内裏と呼びますが、とくに中心の施設を太極殿(だいごくでん)と呼んだのはそのためです。
太極は、このコラムのタイトル マークにも使っているで、世界の根元、世界の始まりを表しています。
天皇皇后両陛下のお祭りですから、これは元は公家の風習です。ひいな(可愛い)の祭りと呼ばれる一種の「ままごと遊び」が室町時代までに発展して出来上がったものとされています。
これに対して、5月の端午の節供は、まことに雄々しい男子の祭りで、武家の風習です。公家では女子を尊重し、武家では男子を尊重した、ということですね。
これを文学的に表現したのが本居宣長で、「たおやめぶり」と「ますらおぶり」としています。漢字で書くと「手弱女・振り」「益荒男・振り」です。日本文化の本質を表している二大要素とも言われています。
なお最近では「畏れ多い」ということで親王雛や大名雛と呼んで“格下げ”している例が多いようです。
しかしそれにしても、五段飾りや七段飾りが似合うのは、やはり一戸建て住宅でしょう。それも、庭のある邸宅。
日本の祭りや行事は、日本の伝統建築に合うようになっていますが、とくにひな祭りは、平安京の内裏や公家の住まいであった「寝殿造り」で盛んにおこなわれたものです。
寝殿造りは京都御所に見られるように、庭に築山(つきやま)や流水があって、そこを回廊が巡ります。
ここは、実は風水の理想郷である神仙郷をかたどっているのです。
築山は蓬莱山で、水朱雀と青龍の流水がこれを守ります。
吹き放しの釣り殿では、季節ごとに月見や雪見などの催しもおこなわれますが、なんといってもその白眉は、上巳の節供に開催される「曲水の宴」でしょう。
本物の五人囃子による雅楽をBGMに、満開の桃の花を愛でながら、歌を競い、酒杯を干す。
あでやかな雅(みやび)の世界です。
それを見おろす「雛壇」は、まさに最高の宮殿の“雛形”です。
※飾りかたなどについての詳細は、社団法人日本人形協会の人形辞典を参考にしてください。
(第5回 了)
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