五色不動の所在地は、五色=五行の方位に合致していませんが、別の理由から重要な霊的ポイントとして位置付けられたものです。
もともと江戸の街区の設計は独特で、街並みも方形にはなっていません。
京都のような直線で方形に設計されたものと異なり、江戸は「螺旋型」に設計された都市なのです。五色不動はこの螺旋上に置かれています。
第一は目黒不動です。
目黒不動のある一帯は、富士山からの「気」の通り道に当たります。
江戸東京の祖山である富士山の旺気は強力で、丹沢の龍脈を経て真っ直ぐに入り込んで来ます。その恩恵で目黒界隈は大いに栄え、五色不動の一番最初の指定となります。
目青不動は、表のように三度移転しています。
江戸時代は麻布谷町にありましたが、ここには現在、話題の六本木ヒルズが建っています。その後、明治に南青山に移り、現在は世田谷区太子堂(三軒茶屋)にあります。いずれも旺気の通り道(経絡)に当たります。
目白不動は、もとは文京区関口にありました。椿山荘、ホテル・フォーシーズンズの東南に接しています。
しかし戦災で移転して、現在は学習院の東側にあります。
静かで落ち着いた良い気をたたえています。
目赤不動は、文京区本駒込にあります。
町内には大寺院・吉祥寺や都立駒込病院もありますが、なんといっても六義園(りくぎえん)が良い気をたたえる第一でしょう。
その気に保証されて、園の南側には文京グリーンコート(もと理化学研究所)や、日本医師会、東洋文庫が並んでいます。
園の西側一帯が大和郷(やまとむら)と呼ばれる超A級の高級住宅地であることは明治時代から広く知られています。
ちなみに、不動堂や五重三重塔の設置されたポイントは、その多くが龍穴です。
ただし、目黄不動だけは後世のもののようで、「五色」の整合を論拠に明治以降、数カ所誕生しています。
表には江戸川区平井と、台東区三ノ輪を載せましたが、浅草寺の勝蔵院不動堂も目黄不動と称された記録があります(明暦不動から転じたか)。
いずれも由緒は不明ですが、風水上の共通点があります。
それは、3カ所とも残念ながら龍穴ではないということです。
そこで私の仮説ですが、「黄色=中心」という五行の意味から、目黄不動は江戸城の域内に設けられて公表されなかった、というのはどうでしょう? |