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 第一回 鬼門
風水で快適生活

第十三回 春分
文/戸矢 学
  牡丹

春は、いつ?
 
今年は暖冬異変で、早くも春の気配があちこちに見られます。
なんとも早い春の到来で、この分では、観測基準になっている靖国神社の桜も早々と咲いてしまうかもしれませんね。
ところで、春という季節は「いつ」から「いつ」までを言うのか、わかりますか?
関東地方の感覚では2月中頃から5月中頃というところでしょうか。
でも、国や地域によっても違うし、とくに日本列島は南北に長いので、北海道と沖縄では気候は大きく異なります。
ただ、季節の概念や観念は、実際の気候とはあまり関係ありません。
北海道の春も、沖縄の春も「日本の春」は、やはり同じ頃なのです。
ところがひとたび海外に目を向けると、その違いが見えてきます。
東洋と西洋では、「違う春」なのです。
漢字圏では「春」、英語圏では「Spring」ですから、確かに「中身」も違いそうですね。
季節の概念は万国共通、春夏秋冬の「四季」ですから、論理的に考えれば、一年の4分の1が春ということになります。つまり期間は3ヶ月間。
ところが、実は、東洋と西洋とでは、「季節感」が違います。
日本では一年で最も寒い時期は、「大寒」から「立春」までとされます。つまり、1月20日頃から2月4日頃です。
例年であれば、この頃に東京では雪が降ります。
今年はだいぶ事情が異なりますが、東京が最も冷え込む時期ですね。
だから、これを越えると、ちょっとした南からの風にも、また温み始めた陽射しにも「ああ、春だなあ」と感じることになります。春は、「気配」なのです。
そこで、春は「立春」から「立夏」までとされています。
つまり、2月4日頃から5月6日頃まで、ということになります。
ところが英語圏では、春の概念を「寒くも暑くもない季節」と定義しています。これはこれで明快ですが、その結果、「春分」から「夏至」までが春である、ということになります。3月21日頃から6月21日頃です。
もう一度、くらべてみましょう。

 春 ────「立春」から「立夏」まで。2月4日頃から5月6日頃。
 Spring ──「春分」から「夏至」まで。3月21日頃から6月21日頃。

どうですか、だいぶ違うでしょう?
日本人の春は「待ち望むもの」あるいは「待ちこがれるもの」なのですね。
でも欧米人の春は、秋とともに、単なる「中間領域」「通過点」のようです。
読者の中には「わたしは西洋感覚だな」という人も少なくないと思います。
また、あらためて「自分は感覚から日本人なんだなあ」としみじみ思った人もいることでしょう。
ちなみに筆者は、春の証しとして、春近し、春一番、春霞、春爛漫、などの言葉を日本語が持っていることを誇りに思っています。
 
天文学で祝日を決める?!
 
さて、「春、真っ盛り」はいつなのかとくれば、なんといっても「春分」(3月21日頃)です。
春分は秋分に対する語彙で、夏至・冬至とともに一年を四季に分ける基準です。
もう少し詳しく説明すると、二十四節季の一つですが、その解説は複雑なのでまたの機会にしますが、以下にその一覧だけを紹介します。(※日付は年によって変わりますが、この前後)
「啓蟄 (けいちつ)」とか「大寒 (だいかん)」など、聞いたことのあるものもいくつかあると思います。

春  2月 ── 立春(2月4日) 雨水(2月19日)
   3月 ── 啓蟄(3月6日) 春分(3月21日)
   4月 ── 清明(4月5日) 穀雨(4月20日)
夏  5月 ── 立夏(5月5日) 小満(5月21日)
   6月 ── 芒種(6月6日) 夏至(6月21日)
   7月 ── 小暑(7月7日) 大暑(7月23日)
秋  8月 ── 立秋(8月7日) 処暑(8月23日)
   9月 ── 白露(9月8日) 秋分(9月23日)
   10月 ── 寒露(10月8日) 霜降(10月23日)
冬  11月 ── 立冬(11月7日) 小雪(11月22日)
   12月 ── 大雪(12月7日) 冬至(12月22日)
   1月 ── 小寒(1月5日) 大寒(1月20日)

なお春分は、昼と夜の長さがほぼ同じになる日のことです(秋分も同じ)。
太陽が真東から昇って、真西に沈みます。つまり赤道の真上を通過する日ですね。
この日に南極点と北極点から太陽を見ると、太陽が地平線にかかった状態で、沈みもせず、昇りもせずに、360度周回します。
ところで、みなさんもご存じのように、春分の日は、秋分の日とともに、国民の休日です。
ところがこの祝日は、天文学的理由で、毎年多少前後します。
そのため、国立天文台の算出する日をもとに、前年の2月に官報で「決定」が告示されるのです。
天文学に基づいて決定している祝日というのは、世界的にもたいへん珍しいもので、これは日本の文化が古くから天文と深く関わってきた証しの一つでしょう。
 
「暑さ寒さも彼岸まで」
 
春分の日は、秋分の日とともに、日本人にとって昔からたいへん重要な日でした。
この日を「彼岸の中日(ちゅうにち)」といって、前後7日間がいわゆる「お彼岸」です。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言い慣わされていて、冬の寒さは春分の頃に終わり、夏の暑さは秋分の頃に終わる、という意味です。
この時に「彼岸の墓参り」をするのは日本人の習俗になっています。
これは仏教行事であると誰でも思っているはずですが、正しくは「日本古来の風習を、仏教が習合したもの」です。
仏教では、悟りの彼岸へ至るために行状を慎む期間を「彼岸会(ひがんえ)」といいますが、これを日本古来の先祖祀りにドッキングさせたものです。
つまり、「この期間に先祖を供養すれば彼岸へ行ける」ということにしたのです。
たぶん多くの人が普段は先祖参り、墓参りの機会もなかなかないと思うので、良いきっかけとなっているのではないでしょうか。
「お彼岸」という行事は、中国にもインドにもない、日本独自のものなのです。
ところで、お彼岸の名物といえば「ぼたもち」と「おはぎ」ですよね。
「はて、この二つはどう違うんだっけ?」と、いま考えた人もいると思います。
「ぼたもち」が粒餡(つぶあん)で、「おはぎ」が漉し餡(こしあん)、だったかな?
いやいや、「ぼたもち」が餡で、「おはぎ」は黄粉(きなこ)じゃないの?
──などなど様々な意見があります。
でも、どうやら答えは「季節」にあるようです。
春は「牡丹」の花が咲いて、秋は「萩」の花が咲きます。
だから春の彼岸には「牡丹餅」と呼び、秋は「お萩」と呼ぶけれど、実は同じもの。
季節で呼び変えるなんて、いかにも日本の文化ですね。
 
太陽の道
 
ところで、春分の日の(秋分も同じ)、日の出の地点と日没の地点をつないだ東西の直線を、通称で「太陽の道」と呼んでいます。緯度でいえば、北緯34度32分の線です。
東の端である三重県には神島、そして伊勢の斎宮址があり、西の端の淡路島には伊勢の森・伊勢久留麻神社があります。
この二つの「伊勢」を結ぶ東西直線上に、古代の祭祀遺跡や古い由緒をもつ神社が点在しています。長谷寺、三輪山、桧原神社、国津神社、箸墓、二上山など。
倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)、倭姫命(やまとひめのみこと)といった女性祭祀者のイメージも共通しており、太陽神の祭祀に深いかかわりをもった古代の「聖線」とされます。
古代王朝の政治的演出の一環であったと考えられているようですが、地図や磁石のあるはずのない古代のことで、一体いかなる測量技術によったものか、不思議ですね!
NHKスペシャルで番組化されるまで、そのような事実が存在すること自体ほとんど一般には知られていませんでした。
でも「太陽の道」は、「春分・秋分の日の出・日没ライン」であって、この線の上に宗教施設を設けるのは古神道や陰陽道にとっては基本的な手法の一つなのです。
また、北緯34度32分の東西ラインは、淡路島が終点ではありません。
淡路からさらに西にラインをたどると、倉敷市金光町に金光教の本部があります。
広島県佐伯には天上山山頂。他にも神社や遺跡は少なくないのです。
またさらに遙か西へ海をも越えてたどって行くと、西安市つまりかつての長安の都もあります。西安市は、北緯33゜39'〜34゜44'にあるので、ほぼ同じライン上です。
古くから言われているように、「土地が肥沃で快適に暮らせる場所は、北緯30〜40度の間」ということになっています。
太陽を拝するのであればその中心線の35度あたりになるのは当然で(つまり夏と冬の中間点・春分秋分点)、そこが畿内のように山岳地帯でなければ、街造りも当然この一帯になるでしょう。
東京都も京都府も、北緯35度にあります。
ちなみに世界の近代都市はもう少し北寄りの緯度ラインに集中しています。
ロンドン、パリ、ベルリン、モスクワは50度付近なので海流のサポートがあるとは言ってもかなり寒い。北京、ニューヨークは、日本でいえば青森辺りの緯度になります。
これが何を意味するのかは、読者それぞれの想像におまかせしましょう。
いずれにしても「太陽の道」が示すものは「古代から人類は、より快適な場所の見出し方を知っていた」という厳然たる事実です。
それに比すれば、現代人はむしろ「分からなくなっている」のかもしれません。
自然を見なくなったこととも関係があるのでしょうか。
 聖地を知る能力、聖地を見出す技術は、現代人よりはるかに長けていたことは、全国各地の神社、すなわち古社・延喜式内社の存在地点が証明しています。
驚くべきことに、日本全国のほとんどの大きな龍穴には、すでに古代から神社が建っているのです!(龍穴とは、地理風水の用語で、大地の気が吹き上がるポイントのこと。)
「太陽の道」はオカルトでもなんでもなく、きわめて科学的な、しかも初歩的な天文地理技術の一つの成果です。
そして太陽信仰は、星の信仰の中では最も基本的なもので、その証しである太陽の道は、最も素朴な信仰の形です。
周知のように「星の信仰」は他にもあって、北極星や北斗七星(北辰信仰・妙見信仰)、天の河(七夕信仰)などが日本では代表的なものですが、これらにまつわる地理風水は各地にあります。
春分線に依拠した「太陽の道」の存在は、日本古代の科学技術が、私たちの想像する以上にハイレベルであったかもしれないと教えてくれるのです。
(第13回 了)
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