| ソメイヨシノ誕生 |
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全国の桜の約8割がソメイヨシノという種類なのですが、これが歴史的な危機(!?)を迎えています。
ソメイヨシノが人工交配で作られた園芸品種であることはよく知られています。
東京駒込の染井の地で誕生したもので(著名人の墓地が多くあるので知られる染井霊園の地)地名にちなんで名付けられたものです。
名前からは、桜の名所として知られる「吉野」に縁がありそうですが、吉野の桜はほとんどがヤマザクラ。なので種類的には無関係。エドヒガンとオオシマザクラを交配させて江戸時代に誕生した園芸種です。
その淡紅色の花の美しさが際立っていたところから、観賞用として爆発的に人気を得て、全国に広まって行ったようです。
とくに戦後の「植樹祭」などの記念行事には、まとまった本数を植えて、将来的に「桜の名所」にしようという試みが全国で流行したものです。
あなたのふるさとにも、きっとそういう「名所」があるのではありませんか?
河川の堤や湖岸、公園や城跡など、主なところは今やほとんどが「桜の名所」となっています。
東京なら隅田川や千鳥ヶ淵公園など、みなさんもきっと何度か出かけたことがあるでしょう。
全国的にも弘前城址(青森)や長瀞(埼玉)、鴨川(京都)、一の坂川(山口)など、「桜の名所」は数知れず、しかもその“約8割”がソメイヨシノなのです。 |
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| お花見の危機!? |
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ところが、ここに大問題が!
人工交配で誕生したがゆえに、ソメイヨシノは一代交雑種、つまりほとんど結実せず、一代限りという特性なのです。
そして一代交雑種につきもので──クローン種などと同様に──寿命が限られています。
ソメイヨシノの寿命は、実は約60年、とされています。
とすると、戦後きそって植樹されたソメイヨシノは、まさに寿命ということになります。
いま、全国の桜の名所は、一斉に枯れようとしているのです。
さあ、たいへん! 日本の代表的な景観が消滅の危機に瀕している。
「観光」が最大の産業になっている地方都市は少なくありません。なかでも「桜」は“季節商品”としては、いわばセールス・ポイントです。短期間で、効率の良い観光がおこなわれるところから、それを頼りにしている地域も数多くみられます。
さらに重要なことには、そういった桜は、土地の風水と関連して植樹、あるいは植林されているということなのです。
高名な大規模庭園などはとくに計画がはっきりしていて、桜とともに梅、松、竹、柳、桐、榊などを、しかるべき位置に、しかるべき本数を植えることで様々な意味を持たせています。
この中の、桜のみがゴソッと抜け落ちてしまったら、庭園の風水は歪んでしまいます。
だからといって、代わりの桜を全部用意するのは、まず不可能です。
なにしろ全国で寿命を迎えるソメイヨシノは“同世代”ですから、その本数はとてつもないものになるでしょう。それと同じ本数の桜の若木を育てるには、相応の土地も必要になりますから。
一部に、その危機感をいち早く感じて、若木を育てたり、警鐘を鳴らしたりした人もいるのですが、それもほんの少数です。
いったい、私たちの「お花見」は、どうなるのでしょう?
──でも、ほんとうに寿命なのかどうか、実際に立ち会った人はいないのです。
なにしろ、歴史上初めてのことですから。 |
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| 昔から日本人は「桜好き」 |
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一年のうち、わずか一週間。その満開の地域だけを追いかけて、南から北へと毎年「花見行脚」をする人もいます。
なんという贅沢!
桜は、花はわずかに一週間、一年のほとんどは花と無縁な落葉樹木として過ごします。
開花の時期を「ハレ」として、つまり非日常のお祭り期間ととらえるわけですね。
そしてそれ以外の時期を「ケ」、つまり日常とみなすわけです。
葉がまったくないまま、花だけで枝が満杯になるという樹木は珍しいものです。
同じ桜の仲間でも、葉と花が共存するものもありますが、概して桜という種の特徴といっても良いでしょう。
しかし桜の花の「気」は、独特のものがあって、人によっては「花当たり」することもあるほどです。
満開の桜の古木に包まれて「発狂」するという伝説もありますし、根元に死者を埋葬すると、その残気を吸い上げて、ひときわ色鮮やかに咲き誇る、とも言われます。
それでも昔から、日本人はきそって桜の「お花見」に入れ込んだものです。
最も有名なお花見は「醍醐(だいご)の花見」でしょうか。
絶頂期にあった豊臣秀吉が、全国の大名をすべて集合させて催したもので、最終回には総勢約1300人もの全大名および直臣が勢揃い!
醍醐寺でのお花見は、何度か催されていますが、そのために全国各地から桜の銘木を約700本移植させて、「桜の名所」にしてしまいます。通称「醍醐桜」といわれるものがこの時に根付いた桜です。
さすがは太閤殿下、やることがハデですね!
その四年前には、約5000人もの臣下とともに「吉野の花見」をおこなっていますし、豊臣秀吉は「お花見好き」な日本人の代表かもしれません。
そんな太閤さんの真似はもちろんできませんが、私たちにもできそうな贅沢は何か? |
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| 桜に親しむ日本人 |
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自宅で、お花見!──これこそ贅沢と言うべきでしょう。
でも、切り花は、いけません。
「桜伐る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿」
昔から、日本ではこんな表現で桜の枝を伐(き)ることは避けられています。
梅は、枝打ちをするとそこから新たに枝分かれして、むしろよりたくさんの実が生るようです。
これに対して桜は、切り口から枯れて行く、と言われます(といっても、病気になったら“患部”は切り取る必要がありますが)。
桜は、日本人であれば誰もが子どもの頃から親しんでいる花の第一番。中国や韓国では、ほとんど馴染みがありません。そういう意味でも、桜は、いかにも日本の花。
そこで、日本風水では、開花時期を「花」と位置付け、それ以外を「木」と位置付けます。
桜の定位置は、南の朱雀が第一で、次席が東の青龍です。
蕾が色づくことで春の訪れを感じて、
花が咲いたら陽射しに輝くばかりのひとときを堪能し、
夜は夜でライトアップで夜桜見物、
風が吹けばハラハラと舞い散る桜吹雪の美しさを──と、
短期間にさまざまな楽しみを堪能できます。
酒杯に花びらを浮かべるもよし、桜餅で若葉の香りを楽しむもよし。
そして散り始めて若葉と混在する状態になったら、「葉桜」もまたなかなか風情のある佇まいです。
日本人がいかに桜に親しんだか、これだけ味わい尽くしていることからもよくわかります。
「花は桜木、人は武士、柱は檜、魚は鯛、小袖はもみぢ、花は御吉野(みよしの)」
という有名な言い回しは、竹田出雲の『仮名手本忠臣蔵』の一節。
その冒頭部分だけが一人歩きして、桜の散り際の見事さと、武士の潔(いさぎよ)さをかけて慣用されるようにもなっています。
本居宣長の和歌も、日本人には関わりの深いものです。
「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜花」
この歌にちなんで、神風特攻隊は、敷島隊、大和隊、朝日隊、山桜隊の四つの部隊編成でした。
日本の軍艦も、戦艦敷島、戦艦大和、戦艦朝日、と名付けられています。
ちなみに宣長の墓には山桜が植えられて、宣長の化身とされています。 |
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| 花より団子! |
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ところで「団子(だんご)」が主役級に躍り出るのは、いまやお花見の時くらいかも。
お花見の名所には、必ずと言ってよいほど団子が売られています。みたらし団子や三色団子、東京では日暮里の羽二重団子などなど。この取り合わせは、日本全国共通です。
しかも、三つか四つの団子を一列に串刺しにする形態は、日本ならではのもの。
中国などアジア各国にも団子はありますが、胡麻団子や揚げ団子のように一粒づつ供されるものです。
私たち日本人には「団子」と言えば、串に刺したものを即思い浮かべます。これこそ、日本オリジナル! そして、桜の花見とセットです。
いかにも日本らしい風物誌で、もちろん、「桜に団子」は世界中どこにもない取り合わせで、お酒を呑まない人たちにはうれしいレギュラー・メンバーです。
団子は縄文時代から日本にありますが、串に刺した形態は「みたらし団子」から始まります。
みたらし団子は、京都の鴨社、その御手洗(みたらし)の池に浮かぶ泡を模して作られたと言われます。
私の住まいの近くにも団子坂という坂がありますし(鴎外や漱石が住んでいたので東京ではわりと有名)、埼玉県の秩父には、日本三大夜祭りの一つ「秩父夜祭り」のクライマックスは、山車が次々と急な団子坂を登ります。
団子にちなんだ地名は、全国各地にあるようです。
もちろん「団子」の地名は、そこに団子屋があったからで、当然その近辺は「桜の名所」にもなっていたはずです。
もしもわが家の庭先を「桜の名所」にするならば、どうぞ「団子」も忘れずに。酒盛りばかりで酔いつぶれるのが例年の、私のようにならないために。
(第16回 了) |
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